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浦和地方裁判所 昭和37年(レ)36号 判決 1963年11月27日

第三六号事件控訴人・第三七号事件被控訴人 堀江茂重郎

第三六号事件被控訴人・第三七号事件控訴人 細井一伝次郎

主文

(第三六号事件)

本件控訴を棄却する。

(第三七号事件)

原判決を取消す。

被控訴人は関根吉久に対し別紙目録<省略>記載の土地につき浦和地方法務局大宮出張所昭和二八年七月六日受付第三〇九七号をもつてなされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ

訴訟の総費用(但し第三六号事件の第一審の分を除く)は第一、二審共堀江茂重郎の負担とする。

事実

(第三六号事件)

第一、当事者の申立

一、控訴人

原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の土地を明渡せ。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言。

二、被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二、控訴人の主張

一、(一) 昭和二八年七月三日、控訴人は、亡大島政蔵を介して訴外関根吉久から、その所有の別紙目録記載の農地(以下本件土地という)を代金七万円で買受けた。

(二) 右買受に際し、控訴人は、同年六月一九日埼玉県知事より農地法第三条に基く所有権移転の許可を得、同年七月三日右関根の代理人大島政蔵に対して右代金を支払い、同月六日所有権取得登記をした。

二、被控訴人は本件土地を占有して耕作している。

三、よつて控訴人は被控訴人に対し、所有権に基いて本件土地の明渡を求める。

第三、被控訴人の答弁及び主張

一、(一) 控訴人主張事実第一項の中、本件土地がもと関根吉久の所有であつたこと、控訴人主張のとおり埼玉県知事の許可のあつたこと及び控訴人が本件土地について右関根から所有権取得登記を経たことは認める。その余の事実は否認する。

(二) 同第二項は認める。

(三) 同第三項は争う。

二、控訴人は本件土地の所有権を有するものではない。即ち、昭和二八年七月三日頃、関根吉久は、亡大島政蔵に対する約六万円の債務の弁済に代えてその所有する本件土地を右大島に譲渡した。しかしながら大島はいわゆる不在地主であり、同人が本件土地の所有権を取得することは農地法第三条、第六条に違反して無効である。ところが大島は、農地法の右規定に牴触するのを避けるため、便宜上控訴人名義を借り控訴人を買受人として埼玉県知事に所有権移転の許可申請をし、前記許可を得て控訴人名義に所有権取得登記をしたものである。従つて控訴人は単なる登記簿上の所有名義人に過ぎず、本件土地の所有権を有するものではない。よつて控訴人の本件請求は失当である。

(第三七号事件)

第一、当事者の申立

一、控訴人

主文同旨の判決。

二、被控訴人

本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。

第二、控訴人の主張

一、昭和三四年一〇月一日、控訴人は訴外関根吉久からその所有の別紙目録記載の農地(以下本件土地という)を代金一〇万円で買受けた。

二、(一) 本件土地の登記簿上の所有名義は被控訴人であるが、同人が所有者でないことは前記第三六号事件の被控訴人の主張第三の二のとおりである。

(二) 従つて右登記は権利関係の実体に符合しないから無効であり、前主関根吉久は、被控訴人に対し、右登記の抹消登記手続請求権を有するが、関根はこれを行使しない。

(三) 故に控訴人は、関根から買受けた本件土地の所有権移転登記をすることができない。

三、よつて控訴人は、自己の関根に対する登記請求権を保全するため、関根の被控訴人に対する右抹消登記手続請求権に代位して、被控訴人に対し本件土地の所有権取得登記の抹消登記手続を求める。

四、かりに右代位権の行使が認められないとすれば次のとおり主張する。

(一) 前記控訴人と関根との本件土地の売買契約においては、農地法第三条に基く埼玉県知事の許可が本件土地所有権移転の効力発生要件であるが、右売買契約は知事の許可がない限り全面的に無効なのではなく、買主である控訴人においては、売主関根に対し、農地法施行規則第二条第二項所定の埼玉県知事に対する所有権移転の許可申請手続をなすことを求める権利を取得し、一方関根において、右申請手続をなす義務を負担する、という効力を発生させるものとして有効である。

(二) ところで、右許可申請は、売主である関根に登記簿上の所有名義がない限り無意味であり、かような申請は却下されることが明らかである。従つて右許可申請手続をなすためには、関根が被控訴人から本件土地の所有権取得登記の抹消登記を受けて、自己の所有名義に戻しておくことが前提要件である。ところが、関根は、被控訴人に対し右抹消登記手続請求権を有するにも拘らず、これを行使しないこと前記のとおりであり、ために控訴人は、関根に対し、本件土地売買契約に基く、埼玉県知事に対する所有権移転許可申請の手続を求める権利を行使することができない。

(三) よつて控訴人は、自己の関根に対する右許可申請手続を求める権利を保全するため、関根の被控訴人に対する前記抹消登記手続請求権に代位して被控訴人に対し本件土地の所有権取得登記の抹消登記手続を求める。

第三、被控訴人の答弁

一、控訴人主張事実の中、第一項は不知。

二、同第二項中、本件土地の登記簿上の所有名義人が被控訴人であることは認めるが、その余の事実は争う。被控訴人が関根から本件土地を買受けて所有権を取得したものであること前記第三六号事件の控訴人の主張第二の一、のとおりである。

三、同第三項以下いずれも争う。

第四、証拠関係<省略>

理由

(第三六号事件)

一、本件土地がもと訴外関根吉久の所有であつたこと、右関根から控訴人への本件土地の所有権移転につき、昭和二八年六月一九日農地法第三条に基く埼玉県知事の許可のあつたこと、同年七月六日控訴人が所有権取得登記を受けたこと及び被控訴人が本件土地を占有してこれを耕作していることについては当事者間に争いがない。

二、控訴人は本件土地を右関根から買受けたと主張し、被控訴人は控訴人は単なる登記簿上の所有名義人に過ぎないと抗争するもので、控訴人主張の買受事実の存否について判断する。

(一)  原審における証人小野延吉(第二回)、原審及び当審における証人大塚政吉の各証言中には控訴人主張事実に沿う部分もあるが、前者は同証人の第一回証言と対比して、又後者は後記証人の各証言と対比していずれもたやすく措信できない。

(二)  成立に争いのない甲第六号証の二(農地法第三条の規定による許可申請書)には、譲渡人を関根吉久、譲受人を控訴人として埼玉県知事に対し許可申請をする旨の関根吉久の署名押印があり、同じく成立に争いのない甲第八号証の一(委任状)には、関根が、本件土地を控訴人に売り渡すに当り所有権移転登記手続をする代理権を大塚政吉に与える旨を記載した関根吉久の署名押印があるから一見その旨の取引があつたように観えるが、右は後記認定の事情から作成されたものであつて、関根が本件土地を控訴人に売り渡した事実を証する資料とするに足りず、又成立に争いのない甲第九、一〇号証、乙第一号証によれば、控訴人は、訴外深谷昇に対し再度に亘り本件土地につき抵当権設定登記をしたことが認められるけれども、原審における証人森田与助(第二回)、同大島まつ(第三回)の各証言に徴すると、右抵当権設定登記は、亡大島政蔵が右深谷に対する債務を担保するため、及び控訴人が本件土地を処分することを防止する目的から控訴人不知の間になしたものであることが窺われる(右に反する証人小野延吉(第二回)の証言は前記のとおり措信しない)ので、これまた控訴人が本件土地を関根から買受けた事実を認める資料に供する価値なく、他に控訴人の主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(三)  却つて原審及び当審における証人関根吉久、原審における証人大島まつ(第一ないし三回)、森田与助(第一、二回)の各証言、原審における被控訴人細井一伝次郎本人尋問の結果、証人森田与助(第一回)の証言により成立を認める乙第七号証を綜合すると、(1) 関根吉久は亡大島政蔵に対し約六万円の債務を負つていたところ、昭和二八年七月頃、右債務の弁済に代えて、関根の所有する本件土地を右大島に譲渡する旨の契約を為し、その際登記手続等については一切を大島に委任して白紙委任状及び印鑑を同人に交付したこと、(2) 大島は当時建築請負業を営んでいて農業に従事しておらず、又いわゆる不在地主であつて、農地法第三条、第六条の各規定に牴触するため、本件土地の所有権移転につき知事の許可を得ることができないことを知つて、控訴人の妹堀江さよに依頼して所有権取得の資格を有する控訴人の名義を借りることにし、同女を介して控訴人の印鑑を借り、控訴人買受名義で埼玉県知事の許可を得、次いで大塚政吉に依頼して関根から控訴人が本件土地の所有権を譲り受けた旨の登記手続をなしたこと、(3) その後大島政蔵の生存中、同人が控訴人に対し本件土地の名義返還を求めたこと、(4) 被控訴人は関根から本件土地を借りてこれを耕作していたが、同人が本件土地を右大島に譲渡した後も引き続き耕作を続け、大島に対して小作料を支払つていることなどが認められる。

三、以上認定した事実によると、結局控訴人は、大島政蔵が関根吉久から本件土地を譲り受けるに際し、買受人としての名義を貸したものに過ぎず、本件土地の所有権を取得したものとは認められない。そうとすれば控訴人の所有権に基く本訴請求を棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから棄却を免かれない。

(第三七号事件)

一、原審及び当審における証人関根吉久の証言、右証言によつて成立を認める甲第二号証及び原審における控訴人細井一伝次郎本人尋問の結果を綜合すると、昭和三四年一〇月一日控訴人は関根から、代金一〇万円を登記と引換えに支払う約束で本件土地を買受ける契約をしたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。なお、関根は昭和二八年七月頃、亡大島政蔵に対する約六万円の債務の弁済に代えて、本件土地を右大島に譲渡する旨の契約をしたが、前記第三六号事件において認定したとおり所定の埼玉県知事の許可が与えられていないので大島に対する本件土地の所有権移転はその効力を発生していないから関根の大島への譲渡契約は、控訴人の本件土地買受について消長を来すものではない。

二、本件土地の登記簿上の所有名義が被控訴人にあることは当事者間に争いがない。しかし、被控訴人が本件土地を買受けた事実を認め得ないことは前記第三六号事件において認定したとおりである。従つて右登記は権利関係の実体に符号しないから無効であり、前主関根吉久は被控訴人に対し右登記の抹消登記手続請求権を有するところ、原審及び当審における証人関根吉久の各証言及び弁論の全趣旨によれば、関根は被控訴人に対し右請求権を行使しないことが認められ右認定を覆えすに足りる証拠はない。

三、そこで進んで控訴人主張の代位権行使の当否について検討する。

(一)  控訴人は、先ず、自己の関根に対する登記請求権を保全するため関係の被控訴人に対する抹消登記請求権に代位すると主張する。控訴人が関根から本件土地を譲り受ける旨の契約を結んだ事実については前記認定のとおりであるが、農地の所有権移転については農地法第三条所定の知事の許可がその効力要件であるところ、右譲渡につき埼玉県知事の許可を受けた点については控訴人においては何らの主張、立証がないから右当事者間における本件土地の所有権移転の条件は充足されず、従つて控訴人は所有権取得に基く登記請求権もまた条件付に取得するにとどまる。そうして、かような条件付登記請求権をもつて、代位を許容することは行き過ぎではないかと考えるのが相当であるから控訴人の主張は失当である。

(二)  次に控訴人は、自己の関根に対して有する、埼玉県知事に対する許可申請手続請求権を保全するため、関根の被控訴人に対する抹消登記請求権に代位すると主張する。知事の許可のない農地の売買契約は全く無効なのではなく、買主において売主に対し右許可申請手続をなすことの協力を求める権利を取得し、売主において右申請手続に協力する義務を負担する効力を有するものであるから、控訴人は関根に対し、本件土地所有権移転につき右申請手続に協力する義務がある。ところで農地法施行規則第二条所定の許可申請は、売主が登記簿上の所有名義を有することを必ずしも要求するものではないけれども、本件の場合、売主である関根は登記簿上の所有名義人でなく、被控訴人名義に所有権取得登記がなされていること前に見たとおりであることに徴すると、関根が控訴人に対し右申請手続に協力したとしても(関根が右申請手続に協力しないことは弁論の全趣旨からこれを認めることができる)改めて埼玉県知事の許可を得ることは事実上困難であると観るのが妥当であり許可申請につき関根に協力を求める控訴人の権利の行使を結局実質的に不能ならしめているものと同視するのが相当であること、又原審における控訴人細井一伝次郎本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば控訴人は昭和二六年頃から引き続き本件土地を耕作しており、本件土地を買受けるにつき農地法所定の買主としての資格を有するものと認められること、被控訴人が本件土地の所有者ではない(前記認定のとおり)から被控訴人の所有権取得登記を抹消しても同人及び第三者に対して不測の損害を与えることがないことなどを考え合せると、控訴人が埼玉県知事に対する許可申請手続請求権を保全するために、関根の被控訴人に対する抹消登記請求権に代位することを許容することこそ債権者代位権の認められた法の精神に合致するものというべきである。してみればこの点に関する控訴人の主張は正当であり、結局本訴請求は理由があるからこれを認容すべきところ、これを棄却した原判決は失当して取消さるべきである。

よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条第九五条第九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 長浜勇吉 伊藤豊治 萩原孟)

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